きのおもむくままに
記事一覧文章の美的価値観については,以前考察した.今回は美しい文章を書くために必要なことを整理したい.
美しい文章は,洗練された思想を型どったものである.洗練された思想はーーー月の引力によって寄せては返す波のようにーーー対象への純粋な興味によって繰り返す思索から生まれる.したがって美しい文章には,素朴な疑問や真に必要性を感じるテーマが必要である.
素朴な欲求を満たし,かつ,数学的美しさを備えた形式とは何だろうか.私が知る一つの形式は論文だ.そして私が実践し遺したいと思うのも,論文形式を借りた純粋な一問一答だろう.
美しい論文を生み出すのに必要なことを整理する.まず前提としてテーマがある.それに対する答えをZとする.皆が認める出発点(公理や定理,観測事実)をAとする.美しい論文の要件は左図(a)の通りと思う.最初の二つは論文の価値の上限を決め,三つ目は素材の価値を最大限に引き出す.どれも重要だが,三つ目について整理したい.
(図)
価値
A→Z を示すための最も易しい論理は左図(b)のように推移律に従うものである.場合によっては,推移律以外の演繹(他の三段論法や背理法),仮説形成と帰納の組合せが必要となる.
図(b)が美しいかと言えばそうではない.形式的正しさは担保されるが,人間が理解しやすい形式になっていない.理解しにくいものは客観的に正しか否か判断できない.正しいかわからないものは美しいと感じられない.参考文献1 の「テーマと題名」の項に,私が述べたいことが表現されている.ひとつなぎの論理は,分類整理のプロセスを経て,人の精神体系に組み入れられやすい形式へと洗練されるべきだ.
ひとつなぎのままの論理は,まるで始点から終点まで一直線に繋がる人工用水路のようだ.分類整理された論理は,上流の大岩映える立体的渓谷から下流の雄大な運河まで,全体の繋がりを見事に連想させる.景色は各々の特色を持ち,人々はその特徴を大きく把握し全体を理解することができる.
外山滋比古,「思考の整理学」,ちくま文庫 ↩